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委員による意見・提言等

AV女優 性的ディープフェイクの可罰性について

園田 寿(甲南大学名誉教授)

はじめに

 性的ディープフェイクとは、AI技術を使って作成された、実在する人物の顔や身体を性的なコンテンツに合成した偽造画像や動画のことである。ディープラーニング技術を用いて、対象者の顔を性的な文脈の画像や動画に貼り付けることで、あたかもその人物が実際にそのような行為をしているかのように見せかる。AI技術の発展により、一般人でも比較的容易に作成できるようになってきている。

 性的ディープフェイクは以下のような深刻な被害をもたらす。

  • プライバシー侵害:本人の同意なく性的コンテンツに利用される。
  • 名誉毀損:社会的評判や人間関係に深刻なダメージを与える。
  • 精神的苦痛:被害者に深刻な心理的トラウマをもたらす。
  • セクシャルハラスメント:デジタル性暴力の一形態で特に女性や公人(政治家、芸能人など)が標的になることが多い。

 本稿ではこの問題を、特にAV女優(もちろんAV男優の場合もある)の場合に問題を限定して、AV女優の性的ディープフェイクが偽計業務妨害罪(刑法第233条)に該当するのではないかという点を考えたい。

(信用毀損及び業務妨害)

第233条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。

AV女優の性的ディープフェイクとは

 これは、既存のAV映像や画像、あるいは性的なそれらに、他のAV女優の顔を生成AIを使って合成し、あたかもそのAV女優が出演しているかのような性的なディープフェイクを作成する場合であって、本人の同意とは無関係に生成されたいわゆる非同意ポルノの一種である。

 これが問題視されるのは、それが人格権(名誉権や肖像権など)を侵害し、性的同意が欠如しているからであるが、本稿ではとくに本人の経済活動や業界への経済的な二次被害という点から考察しようと思う。それが当該AV女優本人のブランド価値や他の出演作品の売上にも大きな影響が生じるからである。

偽計業務妨害罪の構成要件と問題の所在

 偽計業務妨害罪は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害する行為を処罰するものであり、その保護法益は人の経済的活動としての業務遂行の安全である。つまり本罪は、人の経済取引を円滑に行うという社会的な信頼を保護し、その取引の主体となる機会を保障することにあり、経済的活動の自由を保設法益と解される。AV女優の性的ディープフェイク画像の流布行為に本罪が成立するかは、特に以下の三要素の充足性が問題となる。

1. 業務性

 本罪の客体たる「業務」とは、職業その他社会生活上の地位にもとづいて継続して行われる事務又は事業を指し、営利目的であるか否か、また経済的なものであるか否かを問わない。しかし、AV女優の活動及びこれに関連するAVの制作・流通事業は、もちろん正当な経済的職業活動の一環として継続的に行われるものであり、法的保護に値する「業務」に該当することは明らかである。

2. 偽計の使用

 本罪の実行行為たる「偽計」とは、人を錯誤に陥れ、又は人の不知・錯誤を利用する不正な手段を弄することであり、「虚偽の風説の流布」も偽計の一種に含まれる。

 AV女優の性的ディープフェイクの流布は、当該AV女優がその映像作品に出演したかのような虚偽の事実を伴う。

 特に、当該AV女優について豊富な知識を有する視聴者においても、当該AV女優がその映像作品に出演したと誤信する可能性があるし、一般の受け手の普通の注意と受け取り方を基準としても、当該AV女優が出演したという事実を公表したと解釈しうる。したがって、真に迫った性的ディープフェイクを作成して流布する行為は、虚偽の事実を内容とする「偽計」の使用に該当する。

3. 業務妨害の抽象的危険の発生

 本罪は実害の発生を要件としない抽象的危険犯であるため、現実に業務が妨害されたことを要せず、偽計の使用によって業務を妨害するおそれのある状態が発生すれば足りる。

 AV女優の業務は、その容貌やイメージに大きく依存する活動であり、虚偽の性的動画や画像が流布されることによって、女優の社会的評価やイメージが損なわれる可能性がある。また、それは業務遂行の前提たる信用を毀損し、契約、出演の機会、すでに発売されている他のAV作品などの売上等に悪影響を及ぼす抽象的な危険を生じさせる。

 従って、AV女優の性的ディープフェイクの流布は、その業務を妨害する抽象的危険を発生させると認められる。

名誉毀損罪との関係及び結論

 AV女優の性的ディープフェイク画像の流布は、名誉毀損罪も問題になる。一般人ならば、被害者があたかもAV作品に出演しているかのような性的ディープフェイクを作成し流布した場合は名誉毀損が問題になりうるが、AV女優の場合には、AV作品に出演しているかのような事実の摘示は、その社会的な評価(名誉)を低下させると言えるかについては問題があるだろう。

結論

 以上、AV女優の性的ディープフェイクの作成及び流布は、偽計業務妨害罪の構成要件を充足するものであり、本罪の成立を肯定することが可能である。特にこのような行為は、作品の売り上げにも影響しうる行為であり、業界の二次的な被害の可能性も無視できないであろう。(了)

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