守 如子(関西大学教授/ジェンダー研究者)
フェミニストとしてAV新法には多くの問題があると考える。もちろん、フェミニストと言っても、いろいろな立場の人がいる。フェミニストの中でも意見が分かれるテーマの一つが、セックスに関わる仕事をどう捉えるのかという点である。私はセックスに関する仕事をセックスワークと捉える「セックスワーク」論に納得させられてきたが、
セックスワークという考え方そのものを認めない人もいる。
ただし、セックスワーク論を批判する議論には、セックスワーク論を誤解しているなと感じさせられるものも少なくない。セックスワーク論とは、セックスに関係する仕事に従事している人たちが様々な困難に直面していることを踏まえて、辞めたい人が辞められるようにすると同時に、現在働いている人の人権が守られ、少しでも安全な場で働くことができるようにすることを目指す議論である。
フェミニストの中には性産業をなくすことを目標に掲げる人もいる。しかし、性産業をなくすために法律で規制をかけると、その産業はアンダーグラウンドにもぐって、そこでしか働くことができない/そここそが自分の働く場だと思っている人が、かえって危険な状況に直面させられることになる(それは、法規制を導入した各国の状況を見ればよくわかる)。
つまり、セックスワーク論とは、セックスにまつわる仕事を(現状を無視して)賛美するものではなく、現状を踏まえて、どうすれば人権侵害がおこらないようにできるのかを考える議論といえる。この仕事も他の仕事と同じ「労働」と位置付けるほうが、働く人の人権や安全を守るための対策も可能になるから、「セックスワーク」という言葉が選ばれているのだ。
AV新法は、騙されるなど、自らの意志ではなくAVに出演してしまった人や、十分に考えずに出演してしまって後悔している人などを救済するための法律である。辞めたい人が辞められる制度をつくるという意味で、一定の意義はあるのかもしれない。
ただし、この法律は重大な欠陥をもつ。現在働いている人たちの意見をくみ上げることなく、法律が制定されてしまったという点である。先日のイベント(2026年4月24日に衆議院第一議員会館で開催された勉強会)では、普通の法律ならば関係者への調査やヒアリングを行うのに、AV新法は現に働いている人たちの声を十分に聴きとることもしないままに制定されたことが改めて指摘された。被害を訴える人たちの声を聞くことはもちろん大事であるが、働き続けている人たちの声を聞くことも、言うまでもなく大事であるはずだ。
AV新法が施行されてから4年が経とうととしている。この法律は、本当に被害を救済できているのか、逆に、働く人の人権侵害を生じさせていないのか、検証が必要ではないか。
最後に、セックスワーク論に関してもっと知りたい人のために、最新の文献をいくつか紹介したい。
一つは、フェミニズム季刊誌『シモーヌ』(サッフォー)である。この雑誌はセックスワークについて毎回多くのページを割いている。特に、2025年夏号に掲載された戸谷知尋さんの論考「キャロル・リーに捧ぐ:「セックスワーク」に込められた政治的意味」は、セックスワークという言葉の意義をわかりやすく論じている。
もう一つは、日本におけるセックスワーク研究の第一人者である青山薫さんが、『フェミニズムを学ぶ人のために』(申琪榮・青山薫編、世界思想社、2026年)という教科書に書かれた「セックスワーク」についての章である(第11章)。こちらは、国際的な動向や理論的な歴史を学びたい人にお薦めしたい。
女性やマイノリティの、これまで無視されてきた経験に向き合い、人権が尊重される社会をつくっていくことはフェミニズムにとって非常に重要なテーマである。AVについても、元出演者、現在の出演者、AV業界で働く人など、まずは当事者全体の声を広く汲み取る調査を行うことが何より重要である。それを基盤に、AV新法が全ての人の人権を守る法律になっているかどうか検討することが、何よりも求められているのではないだろうか。(了)