園田 寿(甲南大学名誉教授)
大都市の繁華街における路上売春(いわゆる「立ちんぼ」)が社会問題化する中、法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」は、公衆の面前で買う側が勧誘する行為を処罰する規定の新設を盛り込んだ報告書案を公表した。
この動きは、売春防止法第5条が売る側の勧誘のみを処罰対象とする非対称性の是正や風紀の維持として肯定されがちだが、刑罰の根拠として他害性を基準とする危害原則や刑罰の謙抑性に照らすと、このような抽象的法益を理由とする刑事罰の拡張には慎重であるべきだ。
現行の売春防止法第5条は、売る側(女性)の公然勧誘や客待ち行為のみを「6カ月以下の拘禁刑か2万円以下の罰金」と定めている。条文上は主体が限定されていないが、判例は客(男性)からの勧誘行為はこれに該当しないとしており、かつて買う側の処罰も射程に含めようとする改正案が構想されたことがある。その根拠は売買春の交渉が「社会の風紀」を害し、支配的な道徳に反するからという「リーガル・モラリズム(法的道徳主義)」からのものであった。
そもそも売春防止法が違法とする「売春」とは、性器間の「(膣)性交」に限定されており、風営法のもとでは店舗型・無店舗型の性風俗営業において「性交類似行為」の有償提供が合法的に容認されている。
すなわち、性的なサービスの売買そのものが一律に絶対悪として刑事法的に禁止されているのではなく、営業規制の枠組みで合法な性的行為が認められているのである。にもかかわらず、路上における勧誘や交渉のみを「風紀の乱れ」として刑事罰の網にかける構図になっている。
買う側の勧誘処罰は、一見女性を保護する制度であるように見えるが、実際には最も脆弱なセックスワーカーの安全を脅かす「ハーム・プロダクション」につながる危険性がある。
法を犯すことをいとわない悪質な客が残り、交渉が地下へと潜伏し、女性側が危険性を見極める時間的な余裕を奪われ、暴行や避妊具不使用、薬物摂取の強要などといった身体的なリスクにさらされるからである。また、処罰を恐れる男性を標的とした美人局(つつもたせ)や恐喝が急増する懸念もある。
規制の不均衡を問題にするなら、勧誘処罰の拡大ではなく「売る側の勧誘罪(売春防止法第5条)の完全な廃止」こそを議論すべきである。現行法は困窮する女性らを問題にし、警察や福祉への安全なアクセスを阻害してきた。真のジェンダー平等と現場の安全を両立させるべきだというなら、勧誘罪そのもののを撤廃すべきである。
すでに一般市民の生活環境との調和や公衆の平穏を確保するための規制としては、都道府県の迷惑行為の防止や軽犯罪法といったよりソフトな行政的・警察的な規制枠組みがあり、これらに委ねるべきである。また、刑事罰による威嚇ではなく、場所や時間帯を限定・隔離する「ゾーニング(空間的・行政的棲み分け)」の手法も有効で合理的な手段として機能する。ゾーニングは、一般の住環境や青少年の健全育成を守ると同時に、地下化を防止して当事者の安全な労働環境や福祉的介入の経路を確保する建設的な調停策となり得るのである。
売買春は、いわゆる「被害者なき犯罪」と呼ばれるものであり、第三者に具体的な危害を加えるものではない。「風紀」という主観的・抽象的法益のために重い刑罰を科すことは性的自己決定権やプライバシーを侵害し、刑罰の謙抑性を逸脱して国家による道徳の強制へと至る危険性が高い。
風紀の乱れは刑事罰を正当化する理由になり得ない。国家が検討すべき問題は、勧誘行為の刑罰を使った路上からの排除ではなく、貧困や虐待等に対する実質的な福祉的・労働法的支援なのである。(了)