園田 寿(甲南大学名誉教授)
- 遊郭のはじまり―「集娼方式」による囲い込みと管理
日本における近代以前の売買春の管理システムを象徴するのが「遊郭」である。近世の為政者は、市中に散在する私娼を厳しく取り締まる一方で、特定の区画に売買春の場を集約させる「集娼」方式を採用した。その端緒は、慶長7年(1602年)に京都に設立された六条柳町遊郭(のちの島原)や、元和3年(1617年)に江戸で公許された吉原遊郭に見られる。
遊郭の最大の特徴は、高い塀や堀による空間的な「囲い込み」と、大門を通じた厳密な出入りの監視であった。幕府がこうした隔離政策をとった背景には、犯罪者が逃げ込みやすい売買春の場を一箇所に集めることで、監視と治安維持の効率を高めるという極めて実利的な目的があった。しかし、制度の裏側では、遊女たちは前借金による事実上の人身売買によって縛られ、苛酷な労働を強いられる存在であった。
明治維新を迎えた新政府は、1872年(明治5年)の(奴隷を運んでいた)マリア・ルス号事件を契機に、日本でも娼妓制度という人身売買が行われていると国際的な非難を浴びたため、「芸娼妓解放令」を発布して形式的に人身売買を禁止した。しかし、実態としては遊女を「牛馬」から解放すると謳いながらも、貸座敷と娼妓という近代的な契約関係へと再編されたに過ぎず、前借金による実質的な搾取構造と集娼方式に基づく公娼制度はその後も強固に維持された。さらに、公衆衛生の観点から梅毒などの性病検診が導入され、遊郭は国家による身体の管理装置としての性格を一層強めていった。
- 戦後の売春防止法と「見えない遊郭」への変容
第二次世界大戦後、国際社会において売買春を人間の尊厳に対する侵害とする廃止運動が強まった。日本においても、1956年に売春防止法が制定され、長らく続いた公認の集娼地域(赤線地帯)は法的に解体された。同法は「売春は人の尊厳を害する」と高らかに宣言したが、その法体系は「売る側」の女性を要保護女子として刑事罰の対象から外す(罰則なき禁止)一方で、「買う側」の男性をも一切処罰しないという極めて特異で非対称的なものであった。
しかし、公認の遊郭が消滅した後、風営法の枠組みへと移行した。そこでは「性交類似行為」という法的な建前のもと、個室付浴場(ソープランド)などの巨大な性風俗市場が合法的に併存し続けるガラパゴス的な社会構造が形成された。さらに現代においては、店舗を持たない無店舗型営業(デリバリーヘルス)や、SNSを通じて個人間で取引される「JKビジネス」「パパ活」などが台頭しており、物理的な壁を持たない「見えない買春の現場」が社会の深層に広がっている。
- 最近のセックスワーカー論の展開
1970年代以降、ウーマンリブ運動や第二波フェミニズムの台頭に伴い、売買春問題はジェンダー秩序と女性の身体的自己決定権をめぐる思想的闘争の主戦場となった。ラディカル・フェミニズムは、売買春を「性の商品化」の極致であり、女性に対する性的対象化と構造的暴力であると厳しく批判した。この思想は、需要を生み出す買春者(男性)や第三者を刑事処罰の対象とすることで市場の縮小を図る「買春処罰モデル(北欧モデル・新廃止主義)」へと結実し、1999年のスウェーデンを皮切りに複数の国家で導入された。
しかし、1980年代後半以降、実際に性産業で働く当事者女性たちから、この廃止論に対する強力な異議申し立てが行われた。これが「セックスワーカー・フェミニズム」と呼ばれる潮流である。当事者たちは、性の売買を道徳的な罪や「哀れな被害者」としての搾取と捉えるのではなく、自らの身体や技能を駆使して対価を得る「労働(セックスワーク)」であると再定義した。
彼女たちの主張の根幹には、「ハームリダクション(害の最小化)」という概念がある。買春処罰モデルのように需要側を犯罪化する政策は、取引を匿名のサイバー空間や密室といった地下へと潜らせる。その結果、セックスワーカーは客の素性を確認したり避妊具の使用を交渉したりする余裕を奪われ、かえって暴力や搾取の危険性を増大させる「ハームプロダクション(害の生産)」を引き起こしていると批判される。国際的な人権団体や当事者組織は、成人間の合意に基づくセックスワークを刑法の枠組みから完全に除外し、労働法や公衆衛生の枠組みで保護する「完全非犯罪化」を強く求めているのである。
- 遊郭の歴史とセックスワーカー論のつながり
遊郭から現代の風俗産業に至る歴史的変遷と、最近のセックスワーカー論の対立の底にあるものは何か。
それは第一に、国家や一部のエリート層による強烈な「パターナリズム」の反復である。江戸時代から戦前にかけて、国家は売買春を「必要悪」として囲い込み、女性の身体を治安維持や公衆衛生の道具として管理してきた。一方で、現代の買春処罰論(廃止主義)は「売買春は絶対悪である」という正反対のベクトルを持ちながらも、現場で働く女性たちの主体性を否定し、彼女たちを「救済されるべき客体」として脱人格化している点において、かつての権力と同様のパターナリズムを孕んでいる。
第二に、「スティグマ(社会的烙印)」を利用した統治の連続性である。遊郭の時代において、遊女は「醜業婦」として市民社会から軽蔑・隔離されることで、一夫一婦制や家庭の道徳を補完する安全弁の役割を負わされた。現代においても、「売春は人間の尊厳を傷つける」というイデオロギーに基づき性労働を道徳的非難の対象とし続けることは、当事者から法的保護を奪い、警察や司法への安全なアクセスを阻むという形で、彼女たちを社会の周縁部に隔離し続けている。
セックスワーカー論が歴史に対して突きつける最大の意義は、この数百年続くパターナリズムの歴史を解体し、「Nothing about us without us(私たち抜きに、私たちのことを決めないで)」という当事者主体の原則を打ち立てたことにある。現代では、遊郭という物理的な壁が「見えない法と道徳の壁」へと姿を変えている。セックスワーカー論は、社会が「完全な根絶」という非現実的な道徳的幻想を放棄し、性産業が社会に存在し続ける現実を直視することを求めている。そして、当事者の生きた声を政策決定の中心に据え、彼女たちの生命と労働環境の安全を保障する実証的なハームリダクションへと舵を切ることこそが、歴史の教訓に応える唯一の道であることを示している。(了)
【主要参考文献】
・SEXUAL RIGHTS PROJECT『STOP!買春処罰法:セックスワーカーの安全と健康のために』(SWASH、2025年)
・SEXUAL RIGHTS PROJECT『新版 買売春解体新書~近代の性規範からいかに抜け出すか』(柘植書房新社、2020年)
・SWASH編『セックスワーク・スタディーズ―当事者視点で考える性と労働』(日本評論社、2018年)
・坂爪真吾『「身体を売る彼女たち」の事情』(ちくま新書、2018年)
・陶久利彦編著『性風俗と法秩序』(尚学社、2017年)
・坂爪真吾『見えない買春の現場「JKビジネス」のリアル』(青弓社、2017年)
・今西一「芸娼妓『解放令』に関する一考察」(『商学討究』第57巻第4号、2007年)
・永井良和『風俗営業取締り』(講談社、2002年)