実演者の権利を守り、地位向上について考えます

委員による意見・提言等

     「性犯罪マップ」について


                                        園田 寿(甲南大学名誉教授)

●はじめに

 ある市民団体が、「子どもを性犯罪からまもる」目的で「性犯罪マップ」をネットに公開していた。これは、報道などをもとに、性犯罪が認知された場所を地図上にマッピングし、拡大表示すれば事件が起こった場所が分かり、それをクリックすると事件の詳細なども分かるような仕組みになっていた。
 有益だという声もあったが、加害者のみならず、事件によっては被害者も特定される可能性もあり、国の個人情報保護委員会の行政指導を受けて、現在は閉鎖されている。どこに問題があったのだろうか。

●閉鎖された理由
 個人情報保護委員会が行った指導の理由は、犯罪に関する個人情報は、病歴や信条などと並んでもっとも厳重な扱いが要求される「要配慮個人情報」であるが、「性犯罪マップ」の作成者は、性犯罪に関する報道記事をもとに性犯罪加害者に関する個人情報を収集して個人情報データベースを作成し、それをマップに掲載することで個人データを第三者に提供したというものである。報道をもとに作成したものであっても、散在する個人情報をまとめてデータベース化し、不特定多数に公開している点が問題とされた。
 アメリカでは、性犯罪で有罪になった者が刑期を終えた後もその情報を登録し、ネットなどで広く公開する制度がある(メーガン法)。日本でもこのような仕組みがあれば、子を持つ親としても安心だという声はある。しかし、性犯罪を犯した人がそのままそこに住み続けているとは限らないし、引っ越して、別の人がそこに住んでいるような場合もあるだろう。また、性犯罪加害者だけではなく、被害者が特定されるおそれもある(家庭内で行われる子どもに対する性加害も多い)。
 このようなことを考えると、「性犯罪マップ」はメリットよりデメリットの方がはるかに大きいように思われる。

●性犯罪は再犯率が高い?

 そもそもこのような議論の出発点には、性犯罪は「再犯率が高い」といった議論があるようにも思う。しかしこれが実は問題で、性犯罪者の一般的な再犯率というデータは存在しないのである。
 再犯率とは、一度罪を犯した人が再び罪を犯す割合、つまり社会にとっての将来のリスクのことである。この数字を出そうとすれば、「一度罪を犯した人」が再び罪を犯したのかどうかを追跡調査する必要がある。しかもその際には、次のような細かい条件を設定することが必要である。例えば、追跡対象者を有罪判決を受けた者に限定するのか(被害者との示談などで不起訴処分になった者も含めるのか否か)、刑務所に入所した者に限定するのか(執行猶予者を含めるのか否か)、追跡期間をどれくらいにするのか(10年なのか、20年なのか、それとも一生涯なのか)、同種の性犯罪の再犯に限るのか(財産犯なども再犯にカウントするのか)などである。このような条件をあらかじめ設定する必要があるので、法務省はこのようなデータを取っておらず、再犯率という一般的なデータは存在しないのである。
 ただし、「再入率」という、刑務所を出所した者が2年以内に再入所した割合に関するデータは存在する。これに関して法務省の公式文書には「性犯罪の2年以内再入率は2020年(令和2年)出所者で5.0%となっており、出所者全体(15.1%)と比べると低く、再犯率が高いとまでは言えない」(法務省「再犯防止推進白書」(令和4年版)より)と書かれている。ここでは過去のデータである「再入率」が将来のリスク評価である「再犯率」に読み換えられているのであるが、性犯罪を行った者が将来さらに性犯罪を実行するそのリスクは必ずしも高くはないとされているのである。
 なお、「再犯率と再犯者率の違い」に関しては、次の「平成28年版 犯罪白書 第5編/第1章/第1節/コラム」の記述が分かりやすい。
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/63/nfm/n63_2_5_1_1_4.html

●一般の印象と統計のズレはなぜ起きるのか

 なぜ、一般国民の間に性犯罪の再犯率は高いという認識が広がっているのだろうか。考えられることの一番の原因は、おそらく事件報道のあり方である。一般に、再犯による性犯罪事件は社会的な衝撃度が大きく、メディアはしばしばセンセーショナルに報道する傾向がある。そのため、性犯罪は再犯率が高いというイメージが残りやすいのではないか。
 また性犯罪に関してはとくに再犯防止のための厳罰化やGPS監視などの仕組みが議論されるが、その際、「性犯罪は再犯されやすい」といった前提で語られることが多いように思われる。こうした議論が世論に影響を与え、不正確な理解や誤解を固定化させている。 
 法務省などの公式データは一般にはあまり知られておらず、認識と現実との間に大きなギャップがあると思われるのである。

●環境改善マップとして

 このようなことを考えると、「性犯罪マップ」についての冷静な議論が望まれるのである。今回のことで、「性犯罪マップ」の作成と公開については慎重でなければならないということは、一般に理解されたのではないか。
 ただこのようなマップがまったく無意味かというと、必ずしもそうではない。大事なことは、初犯・再犯にかかわらず、性犯罪が実行されにくい環境を作ることであり、そのためにマップを犯罪が起きやすい環境改善のために利用することは可能と思われる。例えば、街灯のない場所とか、人の死角になっているような場所をマッピングして、注意と改善を促すといった方法である。確実に犯罪が減るという魔法のような方策はないが、人権に配慮しながら、社会の安全に資するような方策を積み重ねるしかないのである。
 「性犯罪マップ」は、個人情報を基礎に、いわば過去の情報を将来の犯罪予防に使おうという発想である。しかしこれは一歩間違うと、過ちを犯した者を排除するだけの社会に逆戻りすることになり、犯罪者の更生、社会復帰という現代における刑罰の重要な目的にも反する。「更生」(こうせい)という字は、縮めると「甦り」(よみがえり)という字になる。刑罰は、罪を犯していったんは社会から排除されても、本人も社会も更生に努力して、その者を再び受け入れるような社会であることを願っているのである。(了)

PAGE TOP